佐久市指定有形文化財
石造庚申塔
延宝年間の造像とされる青面金剛像。像高75cm、肩幅20cmの大型像で、台座の蓮弁には造立者名と造立年月日が刻まれています。
昭和61年(1986年)9月10日指定
ABOUT
望月山 城光院は、長野県佐久市望月にある曹洞宗の寺院です。 文明7年(1475年)、望月城主・望月遠江守光恒が開基となり、 南浦宗清和尚を招いて開山したと伝えられています。
背後の山は望月城跡。城光院は望月氏代々の菩提寺として庇護され、 中世から近世へと移りゆく望月の歴史を今に伝えています。
境内には市指定有形文化財となっている石造庚申塔、石造十王像、石造宝篋印塔があり、 本堂や山門、石垣・土塀とともに、静かな祈りの空間を形づくっています。
HISTORY
佐久市の案内によれば、城光院は文明7年(1475年)に望月城主・望月遠江守光恒が開基となり、 南浦宗清和尚を招いて開山したと伝えられます。平安時代からこの地に勢力を持った望月氏と深い関わりを持ち、 その菩提寺として大切に守られてきました。
本堂は江戸後期の享和年間に再建されたとされ、佐久市の観光案内では、 本尊の阿弥陀如来坐像は室町時代初期、望月氏の祖とされる善淵王像は江戸中期の安永年間の制作と紹介されています。
寺域の背後には望月城跡があり、寺院の歴史だけでなく、望月氏の居館・山城・宿場へと続く地域史をたどる起点にもなっています。
望月遠江守光恒を開基、南浦宗清和尚を開山として創建と伝承。
現存する宝篋印塔の一基に年紀銘。
別の宝篋印塔に年紀銘。
現在につながる本堂が再建されたとされる。
三つの石造文化財が佐久市指定有形文化財に指定。
CULTURAL PROPERTIES
城光院の境内には、佐久市指定有形文化財が三件あります。 石に刻まれた信仰と造立の記録から、地域の祈りの歴史を読み取ることができます。
佐久市指定有形文化財
延宝年間の造像とされる青面金剛像。像高75cm、肩幅20cmの大型像で、台座の蓮弁には造立者名と造立年月日が刻まれています。
昭和61年(1986年)9月10日指定
佐久市指定有形文化財
十王像11体に加え、人頭杙と浄玻璃鏡までまとまって残されており、佐久市の文化財資料でも『完全な姿で残されており極めて重要』と紹介されています。
昭和61年(1986年)9月10日指定
佐久市指定有形文化財
凝灰岩製の宝篋印塔4基のうち2基がほぼ完全な姿で残り、永正11年(1514年)と永正13年(1516年)の銘が確認されています。
昭和61年(1986年)9月10日指定
HIGHLIGHTS
01
江戸後期の享和年間に再建されたとされる本堂。城光院の歴史の中心となる堂宇です。
02
山裾の境内には重厚な山門や石垣、土塀が残り、望月氏ゆかりの地らしい落ち着いた景観を見せます。
03
境内の背後の山は望月城跡。寺院と山城を一体として歩くことで、望月氏の歴史を立体的に感じられます。
04
佐久市も望月宿の散策とあわせた訪問を案内しています。宿場町の歴史と寺社をめぐる散策に適した場所です。
MOCHIZUKI CLAN & CASTLE
城光院を語るうえで欠かせないのが、望月氏と望月城の存在です。 佐久市は城光院を望月氏代々の菩提寺と紹介し、境内の裏山を望月城跡としています。
寺院、山城、そして中山道望月宿が近い範囲に集まることは、この地域ならではの魅力です。 祈りの場としての寺院だけでなく、中世武士団の足跡と近世の街道文化が重なる場所として楽しむことができます。
周辺散策の組み合わせ
GALLERY
城光院の本堂、山門、土塀、文化財、境内の風景を、ウェブ上で公開されている写真を使って構成しています。 このプロジェクトはローカル確認用です。一般公開する場合は、各写真の利用許諾を確認し、寺院提供写真等へ差し替えてください。
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ACCESS
望月山 城光院
〒384-2202 長野県佐久市望月1432
TEL 0267-53-2369
お車で
佐久市の観光案内では、JR佐久平駅から車で約20分と案内されています。
ご参拝前の確認
拝観時間、堂内拝観、駐車場所、法要等による参拝制限については、事前に寺院へお問い合わせください。
CONTACT
ご参拝、拝観、駐車場所などの詳細は、城光院へお電話でお問い合わせください。